あなたに届けたい歌

  • 中川晃教「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」
  • 中川和泉「エネルギー」
    作詞・作曲:中川晃教
    編曲・ピアノ演奏:江口貴勅
  • 中川晃教「Miracle of Love」
  • 中川和泉「Winding Road」

つぶやいてます

アンデルセンを探しに

  • 01 雨の野外博物館1
    短大2年の夏休み、欧州旅行最終目的地デンマークで訪れたアンデルセンの故郷オーデンセとコペンハーゲンの写真です。 ん十年前の写真からスキャンして取り込んでますので、画質悪いです。

BLUE OCEAN 20061225

  • Wave15
    2006年12月25日、カレッタ汐留の「BLUE OCEAN」と名づけられたクリスマス・イルミネーション。東儀秀樹さんがプロデュース。

CAMDEN TOWN 20060506

  • 01. 地下鉄CAMDEN TOWN駅
    ロンドンミュージカル「OUR HOUSE」の舞台となっているカムデンタウンとカムデンのマーケットをいくつかのぞいてきました。

新潟 20060414

  • 01 上里SAにて
    2006年4月14日(金) ゲキ×シネ「SHIROH」新潟上映最終日、遠征写真日記。

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2012年4月 9日 (月)

独裁者とかサムライとか革命とか

余韻っていうのじゃなくて。

ふと思ったこと。

天主ウキョウとローエングラム公。

似てるなんて言ったらファンにぶんなぐられるかな?punchimpact

世界(宇宙)を支配するために壮大な夢を語るけど、その動機は極めて個人的な恨みだったりするところがbleah

つらつら散文的に思いつくまま。

サムライとは何か?命と罪咎のやりとりをするのがサムライ。命の重みを知り、命を奪うことの結果を受け止め、その苦しみに正面から向き合う覚悟のある者。それでもなお人を殺めること、サムライであることを止められない者。
それをカツシロウに伝えるためにサムライたちは死んでいったんだなと。
カンベエが最初サムライ扱いしてくれなかったのは、カツシロウはその覚悟ができていなかったからだし、キクチヨはまだ百姓としての生き方に未練があったからかな。

戦を起こすためにサムライたちを集めにきたキララも自分のやろうとしてることの自覚がなかった。村を守るために戦うということはノブセリを倒す、つまり殺すということ。
誰にも死んでほしくない、傷ついてほしくないというのは結局自分の仲間のことしか考えてないわけで、ノブセリ40機が死ぬことへの想像力が欠如したエゴイズムでしかない。

それをカンベエに言われても理解せず、ウキョウに突きつけられて「違う!」と否定したけど、見てる方には確かに「同じ」であることが露呈してしまう。あそこいつも背筋がゾクゾクしてた。
この世の善悪も敵味方もすべて相対的なもので、それぞれの「正義」をベースに生きているのだということをわたしたちはもうすでに知っている。「いい人」も「悪い人」もいない。いるのは自分にとって「都合の」いい人と悪い人がいるだけだって。

ウキョウにとっての不幸は、キララが自分の意志で戦を起こそうとしていると勘違いしたこと。同じ革命を夢見る同志だと思っちゃったんだね。ウキョウからしてみれば初めて出会った共感(思い込みだけどね)できる相手。これはやっぱり「欲しい」よね。しかも清らかな美しさを湛えた巫女となれば、自分を神として崇めさせたい(要するに支配したい)という欲望にとりつかれても無理はない。けっこう気強くてそう簡単には落とせなかったけどね。いや、難攻不落 (笑)ムリ目の女?(死語)

でもたったひとつの希望だったんだと思う。彼の存在意義を肯定してくれる誰かにいてほしかっただけ。それが天主になろうという野望のエネルギーにすらなってたんじゃないかと。天主になればすべてを手に入れられると。キララも含め。

最後の希望を失ってもうどうでもよくなっちゃった。都を落とせば自分も死ぬってわかっててあの激しい破壊衝動。暴走する狂気。ああいう表現、あっきーは得意だよね。ちょっとキモいくらい(笑)醜さの一歩手前まで歪んだ凄絶な表情はむしろ美しいとわたしは思うけれど。

そこから一転、止めを刺されて死ぬ瞬間の表情はほっとしたような喜びと恍惚に輝いて、その優しい笑顔に何ともいえず胸を衝かれる。こんな風に滅びていかなくてはいけない彼の運命の切なさに?それとも、よかったね、これで楽になれる…と言ってやるべきか。

あまり意味のない個人的な印象でございました。(シチロウジ風に)

演出家の意図や役者が表現しようとしたものとは違うかもしれないけど、わたしが受け取ったものの断片を書きとめたくなって書いてみました。

サムライについての捕らえ方は、再演のときよりもう少し具体的に理解できたような気がしている。それは間に「風を結んで」で日本のラストサムライたちについて少し学んだり感じたことが大きく影響してると思う。日本人の精神性とサムライスピリット。歴史の中で歪められてきた側面もあるけれど、最終的には「善く生きたい」という人間としての純粋な願いだと思う。日本人が大切に守ってきた、これからも失ってはいけないもののひとつではないかな。

なんだかんだでおもしろかったけど、またこの舞台であっきーを見たいかと言うと、どうかな~(爆)<え゛??

前回のカツシロウ、三浦翔平くんやキュウゾウ、AAA西島くんの最近の活躍を見てると、予想以上にものすごく成長したな~と思うし、岡村さんの目のつけどころはさすが!と感服してます。

「SAMURAI 7」はきっとこれからも若い才能ある役者を得て再演を繰り返していくと思う。そこにウキョウとして(他の役は考えられない)あっきーの存在があればもちろん見に行くけど、できればそろそろ卒業してもいいかな?なんて思ったりもしてます。

こんな締めでいいのかなcoldsweats01

【追記】
まだ書くことがあるのかって?なんかぽつぽつ思い出されて sweat01

2幕の歌場面、終盤の一番いいところで蓄電筒か都の爆発音でさえぎられて、毎回フラストレーションたまってました(笑)
一回だけ大丈夫な日もあったけど、あれは音響さんのタイミングが悪いのか、あっきーが勝手に歌ってずれちゃったのか、どっちだったんだろう?千秋楽は大セリの回転とも合わずに残念。

蓄電筒。
初めて見たときからその巨大なエネルギーに原発のイメージがあったけど、ウィキの解説によると「これの製造は、体に消えぬ汚れを残すといわれている。人体、また子孫の身体へもその影響を及ぼす」という表現からも放射能汚染を思い起こさせて少し居心地悪い。

バンザイ。という言葉にまとわりつくどこか禍々しい香り。恥よりも死を選ぶことが正しい「義」とされた時代のいやぁ~な感じ。
天皇陛下バンザイ!と叫びながら突っ込んでいった特攻隊や、文字通り崖っぷちに追いつめられて次々と海に飛び込んだサイパンのバンザイ岬のイメージが。
ウキョウを祭り上げ、ウキョウを死に追いつめたのは、いみじくもウキョウが気づき、恐れてもいた計り知れない力を持った一般大衆のバンザイの声だったのかも…。

なんかすごい、夕べ寝ぼけながら書いたせいかひどい日本語。

後でもう少し書き直したいけど、このままかも。

結局あれだ。(何だ?)

自分の語彙力と表現力の枠内でしか語れないということ。当たり前だけど。

↑そういうことじゃないんだけど…と思いながらこれが限界だったりするsweat02

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